人から人へ、親から子へと長い間語り伝えられてきた伝説、それは生の郷土の歴史であり、かけがえのない文化遺産といっても過信ではありません。
伝説には多少の脚色があっても、郷土に根ざした先人たちのすばらしい英知や心情には現代に生きる私たちの心をとらえてやまない、不思議な力が秘められているように思われます。
稲葉郷天翁院の入り口に、一体の石地蔵がある。
日照りのとき祈っても祈っても雨が降らないと、里人たちはこの地蔵さまをかつぎ出して、思川の水のなかに移した。雨が降るまで、そのままにしておくのだった。すると、必ず数日のうち慈雨があった。人々は、地蔵をもとの座たすえ、あらたかな霊験の前に感謝のまつりを行うのだった。
いまでは「雨乞い地蔵」といって知る人は少なかったが、お年貢の重荷にあえいだ江戸時代には、ずいぶん信仰されていたようである。石の地蔵さまでも、水のなかでは居心地が悪かったのかも知れない。